どうも~♪ 本のソムリエ(見習い補佐)のだるまです。
みなさんは「文化」と聞いてピンとくるでしょうか。「文化」という言葉はよく聞くのですが、私はイマイチどういったものか想像しづらかったです。しかし勉強していくうちに非常に大切なものだということがわかってきました。
「文化」とはその国を支える土台のようなもので、それなしでは国が成り立たなくなってしまうのですね。もちろん政治や経済なんかより、よっぽど大事なものなのです。
今回はその「文化」の大切さや、奥深さがよくわかる本を選んでみました。それではおすすめ本3冊を紹介します♪
① 比較文化論の試み / 山本七平
他者との比較で自分がわかる
< 内 容 >
文化を知るためには、まず「臨在感」というものを理解しなければいけない。「臨在感」とは『ある対象の背後に何かを感じる』というものだ。同じものを見ていても民族によって見たものへの感じ方は非常に違ったものになる(例:石や特定の場所を拝んだりするなど)。
ところが明治以降の日本人はそういう民族間の差を無視すること、それが『近代化だ、科学的だ』と教えられてきた。何かをそこに感じたとしても、それを検討もせず迷信だと思い込むようにしてきたのだ。
これはただ臭いものにフタをしただけで、内心では臨在感がくすぶり続けている。そして民族間の差を意識できなくなった「臨在感」は、『これは人類の普遍的な価値観に違いない』という錯覚を生み出し、多文化との衝突を繰り返すようになる。
< 感 想 >
価値観の相違にすぎないことを、相手の人格的な欠陥だと思い込み罵倒する人たちがいます。しかし「臨在感」というものは強固なもので、力で押し付ければ反発を招き関係は悪化してしまいます。
そこで、争いを避けるために互いの文化を理解する必要が出てきます。そのためには『他文化同士の比較を行うことが重要』だと山本氏は主張します。「グローバル」だの「地球市民」だのと、互いの違いを見て見ぬふりをしても問題は解決しないのですね。
一つの文化ショックを受けますと・・〈中略〉・・自分たちがそれによって生きている一つの前提、そういったものを初めてそこで意識し、再把握できるんです。
比較するときに大切なことは「優劣や善悪」という価値観を棚上げすることです。判断をせずに、ただ文化同士を並べること ― そうした上で文化を体系化することができれば、その影響をコントロールできるようになり争いも減っていくのだと思います。
文庫で100p程度の薄い本ですが、内容は刺激的で大変濃いものになっていますよ。
② ことばと文化 / 鈴木孝夫
ことばの裏に文化あり
< 内 容 >
多文化との比較で有効なのは、まずはそれぞれの言葉の構造を知ることだ。なぜなら人間が世界を把握しようとするときに窓口になるのが「言葉」だからだ。
世界の断片を私たちが、ものとか性質として認識できるのは、言葉によってであり、言葉がなければ犬も猫も区別できないはずだ。
『世界のどの部分に焦点をあてて意識することが人間にとって都合がいいか』 ― ということを表しているのが言葉だ。これは一種の虚構だが、人間の生活を維持するためには必要な虚構なのだ。
また、この「都合」は国によっても変わってくる。そこで本書では外国語と日本語を比較することで、日本人が世界のどの部分に焦点をあて重視しているのかを解き明かしていく。
< 感 想 >
言葉が我々の認識に制限を与えているように、文化もまた言葉の生成に制限を与えています。外国語を直訳しても日本語の用法と完全に一致しないのは、それぞれの言葉の裏にある文化が違っていることが原因なのです。
では、日本語と外国語の用法の違いからわかる日本人の文化とはどういったものなのでしょうか。その1つは『自分を相手に没入させ、自他の区別をなくそうとする』というものだそうです。
日本人は相手の気持ち、他人の考えを顧慮する前に、一応自分としてはこう思うという自己の主張の原点を明らかにすることが、どうも苦手のようだ。
日本人は欧米人に比べ「事物」よりも「人間関係」を強く意識しやすいということでしょう。しかし、これだと明確な軸がなくなり、話す相手によってコロコロ意見が変わってしまいます。
日本人同士なら問題は起きないのですが、外国人相手だと『二枚舌の卑怯者!』と勘違いされてしまうでしょう。それだけに自国の文化について学び、自分たちの癖(クセ)を把握しておく必要があるのです。
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③ 仏教・神道・儒教集中講座 / 井沢元彦
文化の根っこに宗教あり
< 内 容 >
日本人に馴染みの深い宗教を中心に解説している。日本人の場合、特に重要になるのは「怨霊信仰」だろう。実は大半の日本人は「怨霊信仰」の影響下にあり、日常の判断にも浸透しているのだ。
尽きせぬ恨みを抱いて死ぬと、その恨みが現世に対してさまざまな災厄(※飢饉や疫病、不作など)をもたらします。
「怨霊」の発生を防ぐために「和」を乱すことを嫌うようになり、「言挙げ」にも注意するようになる。それが重要なことであっても人を不快にさせるような発言を控えるようになっていく。
その結果 ― 危機管理に疎く、海外で主張できない日本人が増え、外交問題をも引き起こしてしまうことになるのだ。
< 感 想 >
「怨霊」というものが実際にあるかどうかではなく、『それを信じる人たちに多大な影響を与えている』ということが問題になるのです。さらに厄介なのは大半の日本人にその自覚がないということです。
「怨霊」を恐れて大人しくしているだけなのに、『日本人特有のやさしさ』だと勘違いしてしまうことも起こり得ます。それを裏返せば『外国人は野蛮だ』という考えにもなり、争いを生み出しかねません。
また、日本では論争より「話し合い」が好まれます。「話し合い」というのは事実よりもその場の人間関係(和)を重視します。この価値観は談合などを生む温床にもなり得ます。
ただ「和」も決して悪いことばかりではありません。日本の治安が世界でも群を抜いて良いのは、この「和」のおかげでもあるのです。「和」を丸々捨てるのではなく、まずは自分たちの宗教観を意識することから始めれば良いのだと思います。
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あとがき
いかがだったでしょうか。ここで一つ付け加えるならば、文化について考えるときは「全体」と「個別」をわけて考える必要がある、ということです。
例えば男と女の身長を比較した場合、『男は女より背が高い(全体)』となりますが、これは『男より背の高い女はいない(個別)』と言っているのではありません。全体で見た場合そういう傾向があるということを現しているのです。
この記事で「文化」と言っているものも、特定の地域(国)全体の生活スタイルの傾向のことを言っているのであって、その地域のすべての人たちが同じ性質を持っているとは限りません。
ただ集団になったときには明らかな偏り(=文化)となって現れます。そして、その偏りが世界の情勢に強く影響を与えている以上、無視するわけにはいかないのです。
このブログの記事がきっかけで、少しでも文化に興味を持っていただけたら光栄です。それでは楽しい読書ライフをお過ごしください♪



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